釜田 公良
2010年10月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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備考 |
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2010年10月01日 |
釜田 公良 |
住まい・生活 |
ライフスタイル |
情報誌CEL (Vol.94) |
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公的年金等の社会保障は、高齢者の生活の安定に寄与する反面、年老いた親に対する子の自発的な扶助を抑制し、親と子のつながりを希薄にするという通念がある。わが国においても、社会保障が整備されてきた背後で親子の同居率は歴史的に低下している。公的年金が存在しなかった時代には、子は同居して親を養うか、あるいは、別居するなら生活費を仕送りする必要があった。同居の経済的メリット(家電品など家族で共用できるものは1つで済む、5人分の食費は1人分の5倍かかるわけではない等)を考えれば、同居は子にとって合理的な選択であったと言える。公的年金の導入は、保険料という形で子に仕送りと同様の金銭的負担を強制し、子はより高い所得が得られる居住地を選択するようになった。社会保障は世代間扶養の主体を家族から社会に移すものであるが、親にとってこれらが金銭面では代替的であったとしても、家族のつながりという面では決してそうではない。子との付き合い方に関して淡白な高齢者が増えていると言われるが、いまでも80%弱の高齢者が子との同居や頻繁な接触を望んでいる(内閣府『平成22年版高齢社会白書』)。
しかし、社会保障が家族関係をいかに変容させたかということ以上に、現実問題として重要であるのは、いまの家族関係を前提として高齢者(および、いつかは高齢者となるすべての人々)が安心して生活できる社会保障制度を構築することである。本書は、経済学の立場からの客観的分析、現状に関する豊富な情報と知識、そして何より著者の良識によって、年金、介護、子育て等の社会保障の実態がその目標からいかにかけ離れているかを、説得力を持って明らかにする。「少子化対策によって子どもが増えれば、社会保障財政は良くなる」「介護労働力不足は資格高度化によって解消される」といったしばしば語られる楽観論は全面的に否定される。そして、詳述される「介護難民」や保育所の待機児童等の問題の根深さと深刻さには憤りと絶望感を覚えさせられる。しかしそれは誰もが知っておくべき「真実」なのである。
ただし、本書は悲観論に終始している書物ではない。本来の目標に向けて軌道修正するための当面実行可能な方策が提言されており、とくに「子ども手当のバウチャー化」(※1)「混合介護」(※2)等は早急に本格的な検討を進めるに値する。
(※1)子育て支援商品やサービスなどに使い道を限定したバウチャー(金券)を子ども手当として現物給付すること。
(※2)介護保険制度内での保険サービスと保険外の全額自己負担のサービスを使い分けて利用すること。