関口 威人
2011年01月11日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2011年01月11日 |
関口 威人 |
エネルギー・環境 |
地域環境 |
情報誌CEL (Vol.95) |
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−生物多様性と「粗朶」−
「ソ、ソ…ソダ? あ、粗いに、乃…?」
スクリーンに映し出された見慣れぬ文字、聞き慣れぬ読み。慌てて手元のメモ張に書きとめた。初めはよほどの略字か造語かとも思ったが、後日れっきとした日本語で、パソコンでも変換できることを知った。
「そ・だ→粗朶」
名古屋で開かれた「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」のちょうど1年前、2009年の秋のこと。生物多様性に関するシンポジウムで、ある登壇者が「伝統に学ぶ自然再生」の例として示した一覧表のなかにあった単語だった。
肝心のシンポジウムではほとんど説明されることなく流されてしまったのだが、まさに棹に枝が絡みつくように、筆者の心にはひっかかった。「伝統的なものづくりと生物多様性」をテーマとして取材、執筆していた時期。次の「ネタ」はこれだ、と確信したのである。筆者と粗朶との運命的な出会い(大げさかもしれないけれど)であった。
粗朶はクリやナラなど、いわゆる里山の広葉樹の若木を束ねたものを指す。実際に目にすると、本当にバッサリ切って、ザックリ束ねただけ。たったそれだけの粗朶が、なぜ生物多様性と絡めて引き合いに出されるようになったのか。調べていくと、まず「アサザプロジェクト」という、茨城県・霞ケ浦の湖面に自生するアサザを保護するための取り組みが出発点だとわかった。
アサザは湖や沼の水面にプカプカと浮かび、夏から秋にかけてキュウリの花に似た黄色い花を咲かせる水生植物。そのタネは水のなかでは発芽せず、水面を漂って岸辺に打ち上げられてから芽を吹く。戦後、コンクリートで護岸を固められた日本の湖沼ではアサザが繁殖できなくなり、周辺の市街地化による水質汚濁も加わってついに絶滅危惧種に指定されるまで数を減らしてしまったのだ。
夏の風物詩として、アサザが咲き誇る水辺を取り戻そう。そんな願いを持った霞ケ浦周辺の市民たちは1995年、NPO法人「アサザ基金」を設立、さまざまな自然再生運動に取り組み始めた。その一つとして試みたのが粗朶を使った「消波堤」づくりだった。間伐材を組んだ木の枠に粗朶を詰め込んだ構造物をコンクリート護岸の内側に設け、適度な浅瀬をつくり出すことでアサザの繁殖に成功。5年目からは「霞ケ浦粗朶組合」を結成し、流域の雑木林を管理しながら粗朶を安定供給する仕組みもつくった。同様の試みは島根県の宍道湖、秋田県の八郎潟(八郎湖)、そして滋賀県の琵琶湖にも広まる。粗朶の活用は上流の里山の木を下流の水質浄化や自然再生に役立てる生物多様性保全のお手本として知られるようになったのである。