橋爪 紳也
2012年03月26日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2012年03月26日 |
橋爪 紳也 |
都市・コミュニティ |
コミュニティ・デザイン |
情報誌CEL (Vol.100) |
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「まつり」と「地域の力」について書かれた本は、大きく分けて2種類しかない。ひとつは「まつり」を維持しているコミュニティに属する人間が、誇りをもって維持している自分たちの行事について、その内容を詳述するもの。もうひとつはコミュニティの「外」の人間が、参与観察や文献調査を行った成果をまとめるものである。
インサイダーによる前者は、著者の「まつり」への想いの強さが筆致から伝わる「ホット」な本になりがちだ。対してアウトサイダーが手がける後者では、研究の枠組みや分析の理論を事前に用意してしまう傾向があり、知的好奇心を満たしてくれるが、結果的に「クール」な研究書になる。
本書は前者のタイプの著書のなかで、近年、もっとも印象に残った一冊だ。著者・編者をはじめ、写真・絵図・装丁などに関わったデザイナーの誰もが、幼少の頃から岸和田のまちなかに暮らし、祭りに親しんで育ったという。祭りの当事者による企画は、往々にして御当地自慢に走り過ぎだが、本書はそうではない。祭りの真髄を紹介し、本質に触れつつも、できるだけ客観的にその全体像を記載しようとする姿勢に好感を持てる。
泉州各地で行われている秋祭りのなかでも、岸和田の「だんじり」は「遣り回し」の勇壮さで知られている。本書では、その由緒や現状など祭礼のすべてを総覧しているが、なかでも多数の写真や図版を用いた地車の解説にページを割く。
この本では、現役だけではなく江戸・明治から現在にまで継承されている岸和田型地車267台のすべてについて、その履歴と詳細を紹介している。戦記物語や神話物語の名場面を題材とした腰まわりや見送りの彫り物、軒下の枡組の細工、番付標や旗受けなど、隅々にまで職人の手が入った見事な工芸作品だ。今後、すべての研究者が、この本を読まずに、岸和田型地車について語ることができないほどの充実度だ。
本書を読んで、「まつり」という伝統行事は、コミュニティが担う「地域の力」を持続するだけではなく、地場産業や伝統を継承するうえでも有効である点を改めて感じた。地車を造作し、修理するために、人生をかけて腕を磨き、弟子を育てる工匠や彫刻師がいる。郷土の「まつり」を維持する目的で、伝統的な産業や技術、ひいては材料となる木材を確保する活動までが一体となる。「地域の力」を集大成することで、「まつり」は世代を越えて引き継がれるのだ。