栗本 智代
平田 オリザ
作成年月日 |
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2008年03月21日 |
栗本 智代
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都市・コミュニティ |
都市システム・構造 |
情報誌CEL (Vol.84) |
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「セミパブリック」スペースという概念
栗本 「パブリックスペース」と一言で言いますが、いろいろな場所が考えられます。高層ビル間のちょっとした広場、劇場、神社の境内など、分類の仕方がいくつかあり、対話のありようも変わってくると思われます。
平田 プライベートな空間では、例えば、ちゃぶ台を囲んだ親子などでは、会話は生まれますが、対話は生まれにくい。では、一般にいうパブリックなスペースの場合はどうか。梅田駅前は、人がすれ違うだけで対話は起こらない。対話を起こすには「セミパブリック」な場所を選ばないといけない。
僕は、駒場という小さな商店街で育ちましたが、そこでは床屋や銭湯が昔からコミュニティスペースの役割を果たしていました。散髪している人の横で子供がマンガを読んでいて、おじいさんが将棋をさしてる。駄菓子屋でも、いつも一〇円玉を握りしめてくる子供が、ある日一万円札を持ってきたら、店のおばちゃんは注意をしたり母親に聞いたりするわけです。
そういう点で、対話が生まれる「セミパブリック」なスペースという時に二つのキーワードがあります。一つは、共同体がある上でのパブリックスペースかどうか。二つめは、年齢、ジェンダー、人種や民族などの重層性があるかどうかということ。これが必要条件だと考えます。