小玉 祐一郎
2007年01月31日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
カテゴリー |
媒体(Vol.) |
備考 |
---|---|---|---|---|---|
2007年01月31日 |
小玉 祐一郎 |
エネルギー・環境 |
エネルギー・ライフスタイル |
情報誌CEL (Vol.79) |
ページ内にあります文章は抜粋版です。
全文をご覧いただくにはPDFをダウンロードしてください。
建築は自然の中につくられた人工環境である。その人工環境を安全・便利で、快適なものにするため、大量のエネルギーが投入されている。私たちは当然のように考えているが、しかし、この建築とエネルギーの関係は建築の長い歴史の上ではごく最近のことである。その嚆矢は二〇世紀初頭のアメリカ。そこでは、発明されたばかりの冷房が、ありあまるエネルギー資源の格好の消費先として注目されたといわれる。その後、空調技術や照明技術は長足の進歩を遂げ、新しい建築のスタイルを生んだ。超高層ビルはその典型的なものの一つだ。「アメリカ建築は配管工がつくった」と当時のヨーロッパの批評家が皮肉を言ったが、それはエネルギーが現代建築を造ったというのと同義である。ともあれ、どのように過酷な気候風土であっても、エネルギーさえあれば快適な居住空間が形成できる技術が出現したのだ。この影響力はきわめて大きく、それまでの建築や都市の概念を大きく変えた。現代の巨大都市はその恩恵の上に成立しているといっても過言ではない。だが、このような技術が普及するようになってから、建築の内と外の関係はいささかいびつなものになってきた。内の環境を良くするほどに外の環境を汚染し、そのポテンシャルを下げるという構造的ジレンマを抱え込んだように見えるからだ。