弘本 由香里
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研究領域 |
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備考 |
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2008年10月01日 |
弘本 由香里
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都市・コミュニティ |
まちづくり |
新聞・雑誌・書籍 |
(社)日本建築協会『建築と社会』2008年10月号 |
大阪をフィールドに広義のまちづくりに関わる機会が増えてくるなかで、私がもっとも深刻だと感じることの一つに、歴史の断絶感がある。いわゆる教科書上の歴史から、身近な地域史・個人史そして街づくり史まで共通していえる問題ではないかと思う。
大阪都市圏には、古代から近世へと長い時間をかけて形成されてきた、都市と在郷町や村落の空間基盤や精神性が深層に根強く存在しているはずである。しかし、大都市圏であるがゆえに、近代化による急激な都市域の拡大、その後の甚大な戦争被害、さらには戦災復興から高度経済成長期に至る著しい都市化など、極めて激しい変化にさらされてきた。この、近代化、戦災、高度経済成長の三つの波が、地域のコスモロジーと記憶の断絶を余儀なくしてきたことは否めないだろう。
一方で、激しい変化の波の数々は、民主導による近代的街づくりや全国有数の都市問題に向き合う環境改善の諸運動とともに、専門家集団や行政の実践に根差したスキルを育んでいったことも確かである。都市再開発法の制定や新制度の導入をはじめ、大阪での再開発事業の蓄積の数々が国の法制度をリードしてきたのは事実だ。密集市街地の住環境整備でも、全国に先駆けて住民参加の手法を積極的に導入してきた実績がある。数々の成果がありながら、肯定的な歴史や智恵として十分にその価値が一般市民に共有されていない観があるのはなぜだろうか。上記の歴史の断絶によるのではないかと思えてくるのである。
今夏、大阪市街地再開発協議会50周年記念事業として出版された『都市再生・街づくり学 大阪発・民主導の実践』を手にした折、直感的にこれは大阪の街づくりに関する「ライフストーリーワーク」ではないかと思った。「ライフフトーリーワーク」とは、福祉事業におけるケースワークなどで用いられる手法の一つである。たとえば、幼時に過酷な生育環境におかれた子どもたちは、自らの生い立ちの記憶を持てないまま成長していくことがある。そうしたケースでは、自己肯定感を育むことが難しく、ともすると自分や他者を尊重する気持ちを失うことにもなりかねない。記憶の喪失を埋め、過去の事実を受け止め、一連のライフトリーリーとして表現することが可能になったとき、多くが自らの人生や他者との関係を肯定的に前向きに捉えることができるようになるという。「ライフストーリーワーク」とは、それをサポートするための取り組みのことである。