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情報誌CEL

答志島・寝屋子

2010年07月01日

「人と人とのつながり」を強め、支え合う風習

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2010年07月01日

答志島・寝屋子

住まい・生活

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情報誌CEL (Vol.93)

ページ内にあります文章は抜粋版です。
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-地域が人を育て、人が地域を育てる、暮らし、生業を支える基盤-
 かつて日本の農漁村には、一定の年齢に達した男子が集団生活を行い、社会性を養う「若衆宿」の風習が広くあった。この風習を今も受け継ぐのが、三重県鳥羽市の沖合に浮かぶ答志島の答志地区だ。人口約1,400人の漁業のまちを訪ねた。
 中学を卒業した同級の男子数名が、地区内の別の家に一室(「寝屋」)を借り、そこで寝泊まりをするのがこの風習。食事や学業、仕事の時間以外は一緒に過ごす。その若者たちを「寝屋子」と言い、彼らに部屋を貸す地区の家主が「寝屋親」である。
 答志町会長の浜崎靖導氏によると、「寝屋子は青年団を退団する25、26歳頃か、誰かが結婚した時点で解散しますが、その後は朋友会を結成して、冠婚葬祭や地域の行事など、節目節目で助け合う生涯の仲間になります」。
 寝屋子の結婚式では寝屋親が必ず仲人を務め、その後も実の親子同様の関係が続くという。平成22年現在、答志地区での寝屋子は約10組。このうち、4年前に答志中学校を卒業した4名の若者の寝屋親になった中村貢氏宅を訪問した。土曜の午後8時前、寝屋子が次々と集まってきた。
 「以前は毎晩集まったけど、最近は土日だけ。うちの寝屋子には島外で生活し始めた子もいて、全員集まるのは月に1回程度」と中村氏。寝屋子は、漁師の見習い中という西川長太君と橋本健君、それに鳥羽市内の高等専門学校に在学中の中村良紀君、今春から名古屋市内で下宿して大学へ通う浜口幸亮君の4名。彼らは「寝屋親の方が自分の親より相談しやすい」と口を揃える。漁師になるか、島を出るか。思い描く将来はそれぞれ異なるが、ここに集まると他愛のない話題で大いに盛り上がる。
 「全員が結婚するまで、肩の荷が下りない」と苦笑する中村氏は、代々漁師を営む62歳。若い頃は、島内の年頃の娘さんの家に寝屋子朋輩(仲間)と連れだって遊びに行き、互いに気に入ると結婚、というケースが多かったという。しかし最近は、8〜9割が島外の女性と結婚する。世代の違い、時代の変化を感じることも多いそうだ。
 寝屋子の存続理由については、漁業の担い手を確保する必要性や、厳しい海で命運をともにする仲間の連帯感を生み出すためと説明されることが多い。それに加え、今回、何人もの寝屋親から「地域への恩返し」という言葉を聞いた。それだけ寝屋子は答志地区の中で「人と人とのつながりを強固にする」風習として根付き、暮らし・生業を支える基盤となっている。答志地区の人々が寝屋子は「なくてはならないもの」と感じている限り、この風習は簡単に風化することはなさそうだ。

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