河口 真理子
2011年03月25日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2011年03月25日 |
河口 真理子 |
住まい・生活 |
その他 |
情報誌CEL (Vol.96) |
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書店の経営・ビジネス書の棚にCSRや企業社会的責任の文字がみられ始めてから10年ほどたつ。昨年秋に発行した社会的責任の国際規格であるISO26000の検討が始まったのも2001年である。当時CSRは、国内での食中毒事件や米国でのエンロン事件など、多発していた企業不祥事の防止という観点から、企業倫理の確立とコンプライアンスの徹底を主目的に注目されてきた。日本ではCSR元年といわれた2003年を契機に、CSR担当部署の設置やCSR報告書作成が相次ぐようになり、現在ではCSRは当たり前のこととなった。
ただしこの間、CSRは量的に拡大してきただけでなく、質的にも変化してきている。CSR拡大の最大の転機は2008年のリーマンショックに端を発する景気悪化であろう。企業業績環境の悪化で当然CSRは急速に縮小するものとみられた。しかし経済同友会が2010年4月に公表したレポート(※1)は、企業経営者の8割は「景気動向に左右されることなくCSRに取り組む」とし、予算面でも74%は変化無しというアンケート結果を公表した。経営的にCSRが重要視されている背景には、CSRの意味づけが転換してきたことがある。すなわち、お付き合いやお飾りCSRは消滅したが、経営戦略と位置づけられたCSRには逆に注力されている。図は、先述した経済同友会のレポートから、「経営者にとってのCSRの意味」を示したものである。「CSR元年」の2003年には、全体の3分の2の経営者は「CSRを社会に存在するためのコスト」と位置づけ、「経営の中核的課題」と位置づけた経営者は半数にとどまった。これが2010年に反転しており、いまや7割以上の経営者が経営の中核的課題と位置づけ、コストとみなす経営者は半数までに減った。同様に、企業のCSRの取り組みの段階については『法令や社会から求められたことに取り組む』段階の企業は2003年の59%から2010年の34%にほぼ半減する一方、”企業戦略の中核として取り組む“段階の企業は8%から31%に急増している。
こうした変化をもたらした主な要因は、企業内部におけるCSR活動に対する理解の広がりと実践を通じたCSR活動の進化と、外部のステークホルダーの認識や対応の変化である。多くの企業は、不祥事の未然防止・ブランドリスクなどからコンプライアンスの徹底・企業倫理の再構築などを、リスク管理のコストという意味合いからCSR活動をスタートさせた。しかし、コンプライアンスなどの体制はいったん整備されて運用していけば成熟化していく。現場の担当者としては新たな活動を開拓しなければならならず、従業員のワークライフバランスやダイバーシティ、サプライチェーンの人権問題、生物多様性などの新たな取り組みが増えていく。一方、外部ステークホルダーのこの10年の動向をみると、環境や社会的課題に対する感度は、NGOのみならず消費者、学生などの間で急速に高まっている。東京都の環境確保条例や、環境省のエコポイント制度など、環境対応促進の法規制などの後押しもある。すでに周知のとおり、家電・自動車・住宅などではエコは重要な製品戦略となっている。また、途上国の貧困撲滅や国内の介護や福祉などに取り組む社会的企業家やBOPビジネス(※2)は、いまや学生や若手社会人には人気のテーマである。さらに、CSR活動として企業のダイバーシティが定着すれば、自立した市民の自覚を持った従業員が増え、その結果環境や社会的課題にかかわるCSR関連業務が従業員満足にも寄与する。先のアンケート結果にもあるように、こうした動きを捉えてマーケティング、ブランド、採用などのビジネス戦略とCSRの諸活動を関連づける企業が増えてきた。
(※1)経済同友会(2010)「日本企業のCSR―進化の軌跡」
(※2)世界の所得別人口構成の中で最も底辺の貧困層BOP(Base of the Pyramid)を対象としたビジネスで、これにより同層の生活環境の改善への寄与も期待される。