三島 順子
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2011年09月30日 |
三島 順子
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エネルギー・環境 |
地球環境 |
情報誌CEL (Vol.97) |
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-はじめに-
2011年6月15日に「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律(環境保全活動・環境教育推進法)」が公布された。この法律は2003年7月25日公布の「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律(環境保全活動・環境教育推進法)」を官民合わせた社会全体の取り組みで環境教育を一層推進するためにこのたび改正されたもので、同時に名称変更も行われた。
地球温暖化、生物多様性の危機など地球環境の大きな変化に伴い、環境問題の解決や環境を理解するための教育としての「環境教育」という言葉が盛んに聞かれるようになった。環境教育は現在の学校教育の中では新しいものであり、環境の変化や環境問題によって学習内容が様々に変化する教育である。環境教育というキーワードが学校、自治体、企業(特にCSR活動)等でたびたび取り上げられ、取り組みが進められるようになって久しい。このたびの法改正をひとつのきっかけとして環境教育が必要であると考えられた背景や、日本での取り組みを振り返ることにする。そこから、日本での環境教育の課題や進むべき方向が見えてくれば良いと考え、これから4回にわたり、環境教育の変遷、国内での環境教育に対する地域や学校での取り組み、今後の展望について報告する。
-環境教育の国際的な潮流-
はじめに、環境教育の「環境」という言葉の定義を確認しておくことにする。現在の日本では、一般的に「環境」という言葉のイメージは、海、山、川、森、生き物等の「自然環境」をさすことが多いのではないだろうか。しかしながら、本稿で取り上げる「環境」とは、「自然環境」と「人間の周囲にある環境(貧困、人口増加、教育、資源の破壊と枯渇等)」の両方をさすものとする。後述のように環境問題に関する国際的な会議やそこで出される宣言での環境教育の「環境」とは自然環境と人為環境をさし、環境問題とは経済問題や南北問題、人口問題等を含んでおり、その環境の保護や改善のためのものだからである。
今回はこれまでの国際的な環境問題に対する社会の対応とそれに伴って変化した環境教育の歩みを振り返ることにする。
環境教育という言葉が、日本においても世界の各国の政策や法制度上においても現れはじめたのは1970年代に入ってからである。アメリカでは1962年に農薬の危険性を訴えたレイチェル・カーソンの有名な『沈黙の春』が出版された。農薬問題やロサンゼルスの大気汚染、エリー湖等の水質汚濁など環境問題への関心が高まり、1970年にアメリカで環境保護庁(EPA: United States Environmental Protection Agency)が設立され、同年イギリスでも環境省(現環境食糧省、DEFRA : Department for Environment,Food and Rural Affairs)が設立された。翌1971年には日本で、環境庁(現環境省)が発足し、同年フランスでも環境省(現地域計画環境省、MRPE :Ministry of Regional Planning and Environment)が設立された。