豊田 尚吾
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2014年10月01日 |
豊田 尚吾
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住まい・生活 |
ライフスタイル |
デザイン・ユア・ライフ |
はじめに
あなたは生活をうまくデザインできていますか?そんな風に聞かれても、そもそも生活をデザインするということ自体ピンとこない人も多いでしょう。まだ生活設計という言葉なら少しはイメージが沸くかもしれません。まずは生活の糧としての収入を確保するために職業を得、所得の範囲内で衣食住をまかない、将来に備えて貯金もする。お金だけが人生ではないので、自分の持っている時間をどう有効活用するのか、誰とつきあってどんなコミュニティに属するのか、健康管理はいかにすべきか…。そうです、それらはすべて生活のデザインに含まれます。
ではその目的は何でしょうか。何か夢を持っていて、それを実現することかもしれません。特になんの目標もなく、淡々と日々を暮らしているだけだと自覚している人も多いでしょう。しかし、そうであっても自分なりのよい生き方を実現したいとは思っているはずです。もちろん、その欲求を実現するためにどれだけ意識的に努力しているかは人それぞれです。とはいえ、人生の全てに絶望している人でなければ幸せを求めているはずです。そこでここでは生活をデザインする目的を「よい生き方」=「ウェル・ビーイング」の実現と決めることにします。
そのような、当たり前に見えるテーマを設定したのは、世の中にはウェル・ビーイングの実現に関する知恵が日々、たくさん生み出され蓄積しているにも関わらず、必ずしもそれがまとまった形で知られていないのではないかという問題意識を持ったからです。
そこでここではウェル・ビーイング実現のためのライフ・デザインについていろいろな知恵を紹介していきたいと思います。今日から取りかかれる簡単なノウハウというよりは、「ライフ・デザインの重要性」に対する気づきが提供できればと考えています。
さて、下の図は大阪ガス エネルギー・文化研究所(以下CEL)が行った生活意識調査(2014年3月実施)の一つです。「あなたは今、幸福ですか。現在の幸福度を0〜10の数字で表すとどのくらいでしょうか。」という質問に対する回答(回答者数5000人)です。CELに限らず、多くの研究機関が同様の調査を行っていますが、それほど違いはないのでかなり頑健な(信用できる)結果と言えるでしょう。ここから何を読み取るかは人によって(その人の関心や視点で)異なります。比較的幸福感の高い人が多いと感じるかも知れません。幸福レベル5〜7の3段階で過半数になることに興味を持つ人、十人に一人くらいは不幸だと思っていることに目が行く人、様々でしょう。
データ)大阪ガス株式会社 エネルギー・文化研究所「ライフスタイルに関するアンケート」(2014年3月実施、回答者5000人、株式会社マクロミル調査)
これは主観的に判断したウェル・ビーイングの指標の一つと言えると思います。一方、Aさんが幸福度8と答え、Bさんが7と答えたとしても、それだけでAさんの方がBさんより幸福とは結論づけられません。あくまで主観的な回答ですから厳密に基準が統一されているわけではないのです。
では客観的なウェル・ビーイングの指標というものはあるのでしょうか。所得(収入)はその一部といえるでしょうし、健康もある程度客観的に評価できます。その人を取り巻く自然環境、住環境も重要です。とはいえ、それらがすべて客観的に高く評価されても、ウェル・ビーイングが実現しているとは断言できません。やはり主観的な評価なしのウェル・ビーイング基準は説得力を持ちません。当然、本人がどう思っているかを考慮せずにAさんとBさんを比べることも妥当とは言えません。そもそも主観的であろうが客観的であろうが、Aさん個人とBさん個人の幸せを比較すること自体意味があるのかという疑問もあります。
雑誌「プレジデント」(プレジデント社)が『年収300万父さんのリッチ経済学』という特集を組み、年収と幸福度の2軸でお父さんを分類していました。年収は高いのに幸福度が低いのは大企業で今一つ評価されないサラリーマンが多いとか、年収は低いのに幸福度が高いのは地域とのつながりが強く身の丈に合ったビジネスライフを選択した人が多いという分析が示されていました。お金以外の幸福の“理由”を探る企画として参考にすることができます。
※「PRESIDENT2014.8.18号」(プレジデント社)26-27ページをもとに作成
このように「ウェル・ビーイングとは」ということを考えるだけでも様々な観点があります。この連載企画ではウェル・ビーイングの実現のため生活をデザインするという視点から、生活に関わるリテラシーや生活基盤である社会との調和などを論じる予定です。
最後に先日(2014年9月18日)ご逝去された宇沢弘文さんが大切にしてきた言葉を紹介したいと思います。宇沢さんは著名な理論経済学者であると同時に、社会的共通資本などの概念を提示したことで知られています。池上彰さんは後述の著書の中で宇沢さんを「人間のための経済学」を追究する学者と評し、宇沢さんの弟子にあたる岩井克人国際基督教大学客員教授は日本経済新聞紙面で「冷徹な頭脳」を「暖かい心」に仕えさせることにした(先生)と回想しています。学問的な評価よりも、現実に生きている人間のウェル・ビーイングの実現を最優先に考え、行動した先駆者の一人と言えるのではないでしょうか。
宇沢さんは「経済学は人々を幸福にできるか」(東洋経済新報社2013)でジョン・ラスキンの次の言葉を大切にしていたと語っておられます。これから生活経営を考える際にもとても有用だと思います。
“There is no wealth, but life.”