情報誌CEL
葛飾北斎の洋風画にみる飽くなき探求心
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備考 |
2017年03月01日
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安村 敏信 |
住まい・生活
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ライフスタイル
その他
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情報誌CEL
(Vol.115) |
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世界にその名を知られ、ゴッホ、セザンヌらにも強い影響を与えた天才絵師・葛飾北斎。鎖国により他国との交流が制限された江戸時代に活躍し、日本の風物を材に浮世絵技法を多用したことで知られるが、最近オランダで作者不明の水彩画が北斎の作品だと判明したように、実は西洋を強烈に意識し、作品に取り込んできた。北斎の洋風画から、飽くなき探求心と職人魂をみる。
浮世絵技法で洋風風景画を試みた北斎の執念
葛飾北斎の洋風風景版画の中で最も知られているのは〈平仮名落款〉と俗称される中判の風景版画5枚である。これは、いずれも石垣模様で額縁風に外枠を囲み、書名と題名を平仮名の続け字で書き、それを90度左に倒したものである。そうすると、一見オランダ語風に見えるという北斎の機知がうかがえる。落款は全て「ほくさゐゑかく」で、描かれた風景は「ぎやうとくしほはまよりのぼとのひかたをのぞむ」「よつや十二そう」「おしをくりはとうつうせんのづ」「くだんうしがふち」「たかはしのふじ」であり、江戸の定番的な名所を描いたものとはいえない。
ただ、この5枚には当時オランダから舶載された油絵や銅版画を、独学で学び日本の材料で描いていた司馬江漢や亜欧堂田善らの油絵や銅版画に、伝統的な木版画の技法で迫ろうとする北斎の執念が込められている。
その執念を5枚の中でも傑作とされる「くだんうしがふち」を見ることによって探ってみよう。
描かれるのは右側に九段坂の下から坂上を望み、左手には江戸城の堀に沿って西を見はるかす景色だ。坂には強烈な陽ざしを思わせるように、人々の影や右端の建物の影が描かれる。この影を描くのは西洋画に影響されたためである。坂の上を望むと、さらにその上にはモクモクと入道雲が立ち上る。その入道雲の表現には灰色の濃淡をす摺り重ね、立体感を出そうという工夫が凝らされている。
坂の左の崖の表現もすごい。板ぼかし(彫口の角を斜めに削るなどした特別な彫りの版木を使って摺る技法)を使って土坡に陰影をつけて量感を出そうとしている。坂上の土坡は、そり立つ壁のように高く表され、急な坂道であることを強調している。そのせいで、土坡の頂上から堀へは90度近い傾斜となっており、非現実的な空間となっている。この九段坂の先に続く道は平坦で、はるか向こうまで続く奥行感がよく表されている。土坡に施された陰影表現は過剰なまでに繰り返され、不気味な土の塊になっている。