湯澤 規子
2023年03月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2023年03月01日 |
湯澤 規子 |
都市・コミュニティ |
コミュニティ・デザイン |
情報誌CEL (Vol.132) |
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春に届く魚の小包
春になると、きまって我が家には魚の小包が届いた。小包の中身は、大阪や神戸に住む親戚がこしらえる「イカナゴ(玉筋魚)のくぎ煮」で、小魚たちが西から東への旅をして、遠路はるばる私の胃袋までやって来るのである。濃い琥珀色に透き通る艶、甘辛いその味は、ご飯にのせると格別で、お弁当との相性も抜群である。
いかにも常備菜という顔をして、茶色く、味が濃いせいか、これが春を告げる旬の魚だとは、それを料理している人でなければ気がつかないかもしれない。かく言う私もその一人であった。親戚づきあいの何気ないやりとりだと思っていたにすぎない。
ところがある時から、私はイカナゴが大阪や神戸の人たちにとって、何か特別な親しみを帯びた存在なのかもしれないと考えるようになった。もとは神戸の遠い親戚から送られてきていたくぎ煮が、作り手のおばさんが亡くなると、その息子(私にとっては遠い親戚のおじさん)が作って送ってくれるようになり、そのおじさんが亡くなると、今度は大阪府高石市に暮らす叔母が送ってくれるようになったからである。
イカナゴとは「如何なる魚」なのか(これが名前の語源であるという説もあると聞く)。くぎ煮を実際に作っている人に聞くのが早いと思い、無沙汰を重ねている叔母に電話をかけてみた。
一瞬の旬を「くぎ煮」にする
叔母いわく、
「くぎ煮にするイカナゴは、桜の花が咲きそうやなァって頃からの、ほんの一瞬の短い間の魚なんや。うちは港の真ん前に住んでるやんか。だから、港に朝あがった生きたイカナゴを買うて来て、大きなお鍋ですぐに炊くねん。お醤油とザラメ、生姜のせん切り、あと、お酒とみりん。すぐ火にかけられるように、イカナゴを買うてくる前に、全部計っとかなあかんねん」
手際のいい、叔母の姿が目に浮かぶ。
「朝早く、4時半ぐらいにお布団の中で、あ、今船出たな、って音が聞こえたらな、今日はイカナゴ何キロお願いします、って電話しとくんよ。市場やないで。直接船の持ち主とか、水産会社に頼んどくねん。そしたら、この季節だけ、イカナゴをぎょうさん獲った船が岸和田の港に行く前に、特別にこの港にも寄ってくれるねん」
だから、この季節は漁を終えた船が港に着く午前11時くらいを見計らって、今か今かと待っているらしい。