橋爪 節也
2023年03月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2023年03月01日 |
橋爪 節也 |
都市・コミュニティ |
まちづくり |
情報誌CEL (Vol.132) |
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ローマの商業神、万国博に飛来す。--街角に跳躍するメルクリウス像
EXPO'70の遺産には、未来都市を夢見させ、実用化されたテクノロジーだけではなく、歴史や記憶を再確認させ、街の活力を生み出すものがある。
欧米の“福の神”といえば、大阪では誰もが通天閣に祀られるビリケンさんを思いうかべる。しかし、それ以前に渡来したのが、ローマの神メルクリウス(Mercurius)である。翼のある帽子とサンダルに、二匹の蛇が巻きつく翼のある杖「カドゥケウス」を持つ若者で、神々の使者の役割を担い、科学や商業の神として崇拝された。すばしっこいので泥棒にも信仰されたという。
大阪のメルクリウス受容は明治にさかのぼり、『大阪経済雑誌』の表紙を飾ったり、大正七年(一九一八)竣工の大阪市中央公会堂の屋根に、ミネルヴァとともに像が設置された(公会堂では「メルキュール」と表記)。
大阪市役所旧庁舎(一九二一年竣工)の会議室には「カドゥケウス」がデザインされ、大正十四年(一九二五)の「大大阪記念博覧会」のポスターにもメルクリウスとおぼしき青年が描かれる。大阪商科大学(後の大阪市立大学)の校章も、「カドゥケウス」の翼が市章の澪つくしとデザインされていた。
一九七〇年の大阪万博にこのメルクリウスが再来した。“大阪の斜塔”といわれたユニークな建築のイタリア館に、ローマのメディチ宮殿の噴水用に制作されたジャンボローニャ(一五二九〜一六〇八)の彫像《メルクリウス》(バルジェッロ美術館、フィレンツェ)が出品されたのである。同館パンフレット表紙にも、跳躍するその姿が描かれ、商都大阪を意識した展示品として選ばれたのかもしれない。
さらに万博から二年後の昭和四十七年(一九七二)、大阪市中央区天満橋にある大阪マーチャンダイズ・マート(OMM)ビルの三周年を記念し、同ビル南側に《メルクリウス》の複製像が設置された。
ビリケンさんが庶民の“福の神”とすれば、メルクリウスは西洋の王道を行く商業神であり、OMMビルの銘板には万博開催を意識し「商都大阪の飛躍発展と/その国際性と文化性の高揚を念じ/関係各位の協力を得て」と刻まれる。大阪に今も伝わる万博遺産であり、商都大阪の精神と活力を奮い起こさせる彫像として、見上げてもらいたい。