橋爪 節也
2023年09月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
カテゴリー |
媒体(Vol.) |
備考 |
---|---|---|---|---|---|
2023年09月01日 |
橋爪 節也 |
都市・コミュニティ |
まちづくり |
情報誌CEL (Vol.133) |
ページ内にあります文章は抜粋版です。
全文をご覧いただくにはPDFをダウンロードしてください。
アヴァンギャルドな「せんい館」―-"ルネ・マグリットの男"が、いま中之島に出現
EXPO'70で印象的なパビリオンが、「繊維は人間生活を豊かにする」をテーマにした日本繊維館協力会の「せんい館」である。
前衛的な美術、映像、音楽が結集し、未完成の美を表現するために、周囲に工事用足場と作業服の人形やカラスを取りつけた建物は横尾忠則がかかわり、高さ20メートルのドーム内では、映像作家・松本俊夫の「スペース・プロジェクション"アコ"」が映写された。ロビーには、四谷シモン制作の山高帽子にフロックコートの人形十数体がレーザー光線で"あやとり"をし、湯浅譲二の音響作品が流されていた。
このパビリオンには面白いエピソードがある。『横尾忠則自伝』(文藝春秋、一九九五年)によれば、横尾は仕事を引き受けたものの、「万博のあの科学技術の粋を結集して偽のお祭りを演出しようとしている名だけの明るい未来にぼくはうんざりしている」として「人のひとりも入らない『せんい館』は死を象徴して、なんと不気味で美しいことだろう。足場の凍結は建築作業の停止を意味し、足場に止まるカラスはもちろん死の使者である」と考えるようになった。
"アンチ万博"的で、とんがったこの案は、当然、出展者に拒絶されるだろうと思い、横尾は、「せんい館」の最高責任者に面談しにいく。すると意外にも「どうぞあなたがおやりになりたいようにして下さるのが協会としても望むところです」と承諾され、ユニークなパビリオン誕生となったのである。
アーチストの情熱を汲んだ形だが、繊維業界が新しい芸術に理解があったことも背景にあったのだろう。大阪市中央区の輸出繊維会館(村野藤吾設計、一九六〇年竣工)には堂本印象のタイル壁画があるし、東洋紡本町ビルには、長崎の日本二十六聖人記念館でも知られる今井兼次の《フェニックスモザイク「糸車の幻想」》(一九六一年、現・大阪商工信用金庫本店に移設保存)があった。この延長上に斬新なパビリオンが誕生した気がする。
これらのパブリックアートは今も保存されており、当時の「せんい館」の雰囲気を感じたいならば、リニューアルした大阪大学中之島センターのカフェに、四谷シモン《ルネ・マグリットの男》(大阪大学総合学術博物館所蔵)が展示してある。