湯澤 規子
2024年09月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2024年09月01日 |
湯澤 規子 |
都市・コミュニティ |
コミュニティ・デザイン |
情報誌CEL (Vol.135) |
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日本の鰻さばき
去年の夏、調査で訪れた東南アジアのラオスで食べた鰻料理が日本とはずいぶん違うので驚いた。それは、ぶつ切りにした鰻をカレー粉と唐辛子と香草を入れて煮込み、泥臭さを他の食材で消して食べる一皿であった。
これに対して日本では、鰻を包丁で開いてから串打ちし、蒸し、焼き、タレを付けて香ばしい焦げ目を付ける。泥臭さは幾重にも手間をかけて取り除かれるのである。背割りにしてから蒸して焼くのが江戸、腹開きにして蒸さずに焼くのが大阪という東西の違いもある。武士社会の江戸では「切腹」を嫌って背割りにする、というのは冗談のようにも聞こえるが、あながちそうともいえない。越後(新潟県)の村上で職を失った武士たちが作り始めた「塩引鮭」が、腹を一部切らずに開いて干された歴史などを知ると、魚さばきに人びとの心情と粋なユーモアが宿っていることを感じさせられるからである。
手間をかけてさばくからこそ、余すことなく食べられる。鰻の肝や骨は別にしてから素揚げや肝吸いにして供される。頭は捨ててしまう江戸と違って、大阪では頭を付けたまま蒲焼にし、最後に落とす。これが「半助」と呼ばれて安価で売られていた。豆腐と葉葱と一緒に煮込む「半助豆腐」は、いかにも始末な大阪らしい庶民の料理だ。
まむしは「まぶし」あるいは「ままむし」
大阪では鰻飯のことを「まむし」と呼ぶ。
まむしは、鰻をひと口大に切り、ご飯の間に挟むようにして、上にはタレをかける。ご飯の上に「どうだ」と言わんばかりに鰻がのった関東風も良いが、お目当ての宝を掘り出すがごとく、ご飯に埋もれた関西風の鰻もまた何とも言えない魅力がある。
なぜ大阪では鰻飯を「まむし」と呼ぶのか。それには諸説あって面白い。
ご飯に「まぶす(混ぜる)」という意味で、まむしと呼ぶようになったというのが1つ目の説。2つ目は、「ままむし」、つまりご飯で蒸すという意味である。心斎橋にあった老舗「いづもや」の主人が語るには、「むかし、堺にたいへんうなぎの好きなお金持ちがいた。丁稚に大阪まで行かせて、かば焼を買って帰らせるのだが、冷えてしまうとどうもいけない。一計を案じて、あついごはんの中に入れて持って帰らせると、ほかほかしたうなぎが食べられた」という[*1]。
[*1]佐藤哲也『カラーブックス143 大阪の味』保育社、1968年、50頁。